ぽっぺんしゃんにょろりんこ

匿名・非追跡型アダルト動画検索エンジンの設計ノート

マイケル・ポーター『競争の戦略』で考えるSaePornsの競争戦略というお話

こんにちは、にょろりんこの備忘録ブログです。

今回は、前回書いた『グーグルやDMMに勝てるのか?個人開発のアダルト動画検索エンジンの生き残り戦略という話』に思いのほか反響があったので、もう少し「戦略」という視点から深掘りしてみたいと思います。

www.n-rinko.com

ちょっとマーケティング寄りの話になるのですが、競争戦略の古典的名著『競争の戦略』において、マイケル・ポーターはこう言っています。

競争に勝つ方法は2つしかない。「違うものを売る」か「同じものをより安く売る」か、だ。

手をグーにするティアラ

このフレームは、大企業の話に思えるかもしれませんが──実は、個人開発のような小さなプロジェクトにもそのまま当てはまると私は思っています。

話が少し抽象的だったので、ここからは実際に、まずは「違うものを売る」ことで成功しているプロダクトを見ながら、この戦略がどう機能しているのかを考えてみたいと思います。

「違うものを売る」戦略とは?

一般的には差別化戦略などと呼ばれていますね。ようするに、性能面や体験価値で他社が追随できない、高品質なプロダクトを提供することで差をつける戦略です。

たとえば、画像編集ソフトの定番である Photoshop。似たような機能を持つアプリは他にもたくさんありますし、お値段は正直かなりします。

それでも、プロの現場で選ばれるのは結局Photoshopです。理由は単純で、機能の幅・精度・信頼性など、あらゆる面で頭ひとつ抜けているからです。

同じように、ペンタブレット市場ではワコムペンタブレットが長年トップに立っています。こちらもお値段はかなり張りますし、もっと価格の安い他社製品は沢山あります。しかし、描き心地や筆圧感知の精度といった「性能面」で評価され、プロに選ばれ続けているのです。

ただ、やみくもに差別化戦略・性能追及をすればいいか?というとそんなことはなくて、いろいろと使わない機能のついた日本の白物家電がイマイチ振るわないように、ユーザーの求める機能にちゃんと応えているということがポイントなのだと思います。

ポイントは、全ての面で高品質にするのではなく、ちゃんとユーザーさんが求めている性能に応えること、これが重要なんじゃないかと思います。

※大資本ではないなら、こういう選択と集中は重要ですね。

つまり、すべての面で高品質を目指すのではなく、「ここはしっかりやる」という選択と集中が重要だということですね。

※これは特に、大資本ではない個人開発においては、本当に大事な視点です。

じゃあ、SaePornsではどこに力を入れているのか?

ここは実際に運営していて感じるところなのですが、やはり以下のような要素が、ユーザーにとって一番重要なんじゃないかと考えています。

  • 検索結果がすぐ出ること
  • 広告が邪魔じゃないこと
  • 個人情報を追われないこと

だから、検索ロジックの高速化・軽量設計・非広告(もしくは最低限の広告)・非追跡ポリシーといったあたりを、ちゃんと戦略的に整備しています。

ただ、じゃあSaePornsが高性能戦略を追求しているかというと、そんなことはありません。もちろん、私個人としては開発に全力で取り組んでいますが、SaePornsのやり方は、ポーターの言うところの「同じものをより安く売る」戦略です。

安く売る戦略とは

ポーターの言う「同じものをより安く売る」戦略は、一般には「コスト・リーダーシップ戦略」と呼ばれます。必要な価値を顧客に届けるという価値をちゃんと維持したまま、提供コストを極限まで抑えることで競争力を持つやり方です。

例えば、Webサービスなら、以下のような例がそれにあたると思います。

Wikipedia──限界までコストを削ったナレッジインフラ

Wikipediaは、その代表的な存在です。世界中で使われ、信頼されている巨大なオンライン百科事典ですが、ボランティアによる投稿・編集と、最低限のインフラ費用で成立しています。

広告はありません。課金モデルもありません。ただし、検索性・内容の質・信頼性は極めて高く、「有料でもおかしくない価値」を、ほぼゼロに近いコストで提供しているわけです。

Craigslist──最小構成で巨大な流通を支えるサイト

もうひとつの例が、アメリカ発のクラシファイド広告サイト Craigslist。見た目は今どきのWebサービスとは思えないほど素朴。でも、掲載される情報量、ユーザー数、成約実績は全米トップクラス。

Craigslistを実際に見てみるとわかりますが、検索機能は必要最小限です。UIはWeb1.0時代を彷彿とさせるHTMLベースの超軽量設計。広告モデルも一部にとどめており、運営チームは十数人規模という小所帯です。

つまり、巨大なプラットフォームでありながら、極限までローコストで成立している稀有な存在です。

幾多の新サービスがVCから巨大資本を注入してひねりつぶそうとしましたが、ユーザーからの支持は揺らぎませんでした。

この2つに共通しているのは、「煌びやかである必要はない。でも、必要なものはちゃんとある。」というポリシーなんだと思います。

SaePornsが目指しているのも、まさにこの方向性です。すべてを最高品質にするのではなく、ユーザーが重視する機能だけに集中して、軽く・速く・邪魔されない検索体験を届ける。これが、私の考える「個人開発におけるコスト戦略」です。

ウェブは規模の経済がなくてもコストリーダーシップ戦略を採用できる。

ではなぜ、SaePornsはコストリーダーシップ戦略を採用しているのでしょうか。

一般的には「同じものをより安く売る」コストリーダーシップ戦略は、大企業が得意とするやり方だと思われがちです。なぜなら、低価格化のためには規模の経済(スケールメリット経験曲線(エクスペリエンスカーブ)の2種類しかないからです。

大企業が大資本で行えば、スケールメリットは容易に活用できますよね。そのため、中小企業や個人開発は「価格は高いが品質は良い」という品質勝負をするのが通常の流れです。

しかし、ことWebサービスの世界においては、話がまったく変わってきます。

なぜなら、Webサービスでは「一度作ったものを、ほぼ追加コストゼロで何人にも提供できる」という性質があるからです。つまり、たとえ開発者が1人でも、運用コストさえ抑えられれば、数万人・数十万人のユーザーに向けてサービスを提供できる。これがWebの圧倒的な強みです。というか開発者が1人の方がコスト優位に立てますね。

もちろん、サーバー代などのインフラ費で、スケールメリットが全く無いわけではありませんが、他業界に比べれば圧倒的誤差です。そういったウェブ業界特有の恩恵をちゃんと活用することで、非常に低コストで「ちゃんと使えるサービス」を構築することができるのです。

SaePornsもその恩恵を最大限活かしています。

ページ遷移をしないSPA設計、サムネイルの先読み、ロボット回避、フロントエンドのミニマル設計──見た目の派手さではなく、検索体験そのものを軽く、速く、邪魔されずにすることに集中することで、「小さく作って、大きく届ける」戦略を実現しています。

これは、製造業のように「在庫」や「配送」が発生しないWeb業界だからこそ、個人でも成立するやり方です。規模の経済を持たない個人開発でも、きちんと設計と選択をすれば、コストリーダーシップ戦略は採用できるのです。

じゃあ、「同じもの」なの?──ちょっとだけ違うこと

ここまで読んで、「SaePornsって結局、既存のアダルト検索サイトと同じことを、軽く・安くやってるだけなのか」と思われた方もいるかもしれません。でも、実際には少しだけ違うこともやっています。

たとえば、MythoMAXなどのLLM(大規模言語モデル)を使った日本語キャプション生成や、Sudachiによる形態素解析をベースにしたタグ補完機能など、いわば「エッジ技術的なAI処理」を取り入れることで、「目立たないけれどちょっと賢い」仕組みをいくつも仕込んでいます。

つまり、「まったく同じもの」をただ安く出しているわけではありません。むしろ個人開発だからこそ、開発費用を極限まで抑えつつ、ユーザー体験に直結する高性能化に集中できている──それが、SaePornsの実際の姿です。

最後に──「勝ちにいかない」個人開発の戦い方

ここまで、ポーターの戦略論を軸にSaePornsの立ち位置を説明してきましたが、要するに私がやっているのは「大資本と正面から戦わない」ための設計です。

大手と同じ土俵で勝とうとすれば、広告費・開発人員・訴訟リスク、どれをとっても勝ち目はありません。でも、土俵そのものをずらして、軽く・速く・邪魔されず・賢く検索できるという「ちょっと違う」価値を作ることは、個人開発でも十分可能です。

前回の記事では焦土作戦としていますが、勝ち筋は、相手を打ち負かすことじゃなく、「比較されない場所に居続けること」。そのために、戦略を持って作る。これが、私なりの個人開発の生存戦略です。

勝つことより、続けること。大きく見せるより、小さくても確かな体験を届けること。そういうプロダクトを作成するために、今日も改善を続けています。

それではみなさん、よい開発ライフを。

本文中に出てくるあなたを追跡しないアダルト動画の検索エンジン、SaePornsはこちら。※18歳未満の方はご利用できません。

sae-porns.org

※ここまで読まれて、例えばWindowsは、安くないし、マックOSの真似だよね?と考えられた方、非常に鋭いです。

実はマイケル・ポーターの競争の戦略はあくまで古典であり、そこから競争戦略も多様に進化しています。

つまり、高性能なものを売る、安く売る以外の勝ち方も存在するということです。ここらへんはデルタモデルなどの戦略フレームワークで詳しく解説されているので、また別の記事で解説しようと思います。