ぽっぺんしゃんにょろりんこ

匿名・非追跡型アダルト動画検索エンジンの設計ノート

AI塾に通うその時点で、あなたは“イケてない側”です

「習ってないからできません。」

まともに働くビジネスパーソンであれば、この一言がどれほど禁句であるか、理解しているはずだ。

手取り足取り教えてもらえるのは、高校生までの話だ。

大学に入れば、学びは“受け身”から“自ら取りにいくもの”へと変わる。社会に出ればなおさら、「習っていないからできません」は通用しない。

にもかかわらず、生成AIという「使えばわかる」レベルのツールに対して、「使い方を教えます」「AI活用塾で学べます」という宣伝が、一定の層に響いている。

本当にビジネスとして成り立っているかはわからない。

だが、ここ1年以上もその類の広告が出続けているということは、受講者がそれなりに存在しているということなのだろう。

つまり、結果的に「私は自力で考えられません」と自白してしまっている人たちが一定数いて、AI活用塾はその“受け皿”になっているというわけだ。

自ら無能の烙印を押す。

そんなバカなことがあるだろうか?

でも現実には、本人の自覚もないまま、「私は無能です」と公言してしまっている人が確かに存在する。

そもそも、生成AIは素人でも使えるようにデザインされている

まず前提として確認しておきたいのは、生成AIというのは「素人でも使えるように設計されたツール」だということだ。

ChatGPTにしても、何にしても、入力欄に自然言語で質問を書けば、AIが即座に答えてくれる。専門知識は不要。プログラミングもいらない。インストールすら必要ない。

それどころか、最近のAIは「何を聞けばいいかも分からない人」のために、「こんなことができますよ」という例文やボタンUIまで搭載されている。

眠るティアラ

つまり、そもそも生成AIは「使いこなせる人」ではなく、「使ったことがない人」でもすぐに触れるように設計されている。

ようするに他者から教わる必要など少しもないのだ、それにもかかわらず、そこに「AI活用塾で学べます」「プロンプトの書き方教えます」というビジネスが成り立ってしまっている現象には、明らかに不思議である。

ではなぜ、ここまで簡単に使えるツールに対して、「教わらないと使えない」と思ってしまう人が一定数存在するのか。

理由はひとつ。「自分で試す」という最低限の行動すら起こせないほど、思考停止しているからだ。

そして恐ろしいのは、そんな人たちに対して、「大丈夫ですよ、教えてあげますよ」と手を差し伸べるふりをして、実は「あなたは自分では使えない無能ですよね」と暗に認めさせる構造になっていることだ。

本人は「安心を得た」と思っているかもしれない。でも実態は、自ら「自分で試すという最低限の行動すらできません」と申告して金を払っている状態だ。

言い換えれば、これは教育サービスではなく、「無能であることの自己申告書を高額で買わされる」タイプの搾取商品である。

だからこそ、このビジネスは成立する。AIが簡単すぎるからこそ、「使えない人」=「恥ずかしい人」になる。その劣等感を自覚している人ほど、「恥ずかしさを払拭するために」塾へ行く。

だがその行為自体が、恥ずかしさの証明になってしまっているという、逆説的な罠に気づいていない。

誰もが自走できるわけじゃない。だから「きっかけ」が必要なんです。

たしかに、生成AIは触ればわかるように設計されている。でも、すべての人が「自分で試してみよう」と思えるわけではない。

社会人になっても、「何から始めたらいいかわからない」という人は多い。

特に中高年の事務職や非デジタル職の人たちにとって、「まず触ってみる」という行動すら高い心理的ハードルだ。

そんな人たちにとって、塾や講座のように「手取り足取り」教えてくれる場は、「最初の一歩を踏み出す後押し」として意味がある。

AI塾は、「無能な人」のためではなく、変わりたいけれど動けない人の背中を押す場所なのではないか?そう考える人もいるだろうでも、それはあくまで「街中の健康器具セミナー」レベルの話だ。

これこそ、高齢者を騙す搾取モデルのビジネスだとは思うが、自分で生活を変えられない人に、ステッパーの踏み方を教える。効果の出る出ないはともかく、「とにかく始めましょう」という動機づけビジネスは確かに存在する、だが、ここで問題にしているのはイケてるビジネスパーソンの話である。

プロとして業務をこなし、価値を出す側にいるはずの人が、「AIを触る前に、塾で教わらないと不安です」と言ってしまうのは、健康器具セミナーに参加する高齢者と同じだ、それは決してイケてるビジネスパーソンの姿ではなく、搾取される側の姿だ。

すこし弁護すると、確かに、健康器具セミナーは、生活改善のきっかけになるかもしれない。だが、ビジネス現場においては、自分で触って試す力がなければ話にならない。塾で教わらなきゃ動けない時点で、「自走できない人間です」と公言しているのと同じだ。

「自分で調べるより、体系的に学んだほうが早いし効率的」

たしかに、「体系的に学ぶ」という行為には一定の価値がある。

知識が点在している領域においては、それを整理された形で学べば、理解は深まるし、無駄も減る。

たとえばプログラミング。

大学や大学院でコンピューターサイエンスを体系的に学んだ人と、YouTubeやスクールをつまみ食いしたなんちゃってプログラマーとでは、コードの読み方も、設計の視点も、まるで違う。

でも、だからといって、「あらゆる学びを“体系的に”始めなければならないか?」というと、答えは違う。

こと生成AIに関して言えば、まずは自分で触ってみれば、どこまでできて、どこからできないかはすぐにわかる。

インターフェースは直感的で、回答はその場で返ってくる。試行錯誤が「最短の体系」になっているような設計なのだ。

だからこそ、イケてるビジネスパーソンなら、ChatGPTやPerplexityを10分も触れば、そのツールの有効性も、限界も、おおよそ掴めるはずである。

もしそれをせずに、最初から「体系的に教えてください」と言って塾に向かうのであれば、それは「自分で考える力がない」ということの裏返しでしかない。

つまり、「体系的に学ぶ」こと自体を否定するわけではない。

だが、「その必要があるかどうかを見極めること」すらできない時点で、それはもう「イケてるビジネスパーソン」とは呼べない。

「成果に差が出るんだから、塾で“引き出し”を増やすべき」

たしかに、AIを使えば誰でもそれなりに文章を作れたり、資料を整えたりできる。だが、その成果には差が出る──それは事実だ。

だからこそ、「もっと上手く使えるように、引き出しを増やしたい」「活用パターンを教えてもらいたい」と考える人がいるのも理解できる。一見すると、これは前向きな学びの姿勢のようにも思える。

だが、ここで冷静に考えてほしい。

その「引き出し」って、本当に「AIの使い方」の話なのか?

「営業で使うには」「マーケで使うには」「資料作成で使うには」──たしかに、そうした「活用パターン」は便利かもしれない。だがそれは、AIそのものの理解というよりも、自分の仕事に対する理解の深さに依存している。

つまり、AI塾で「引き出し」を学んでいるように見えて、実際には「自分の業務をどう分解してAIにつなげるか」という、仕事への向き合い方を問われている、だけだったりする。

そして、AI塾では、仕事への向き合い方なんていう本質的なことは教えてくれないし、教えられない。それは、AI塾で教わるようなことではないのだ。

ようするに、AIを使って成果に差が出るのは、「AIスキル」ではなく「仕事の解像度」の差なのだ。

仕事の解像度に差があれば、どんなツールを使っても、差が出るのは当然だ。これはAI塾の問題ではない。あなたが、イケてるビジネスパーソンなのかどうか?という話である。

たとえば、自分の仕事をちゃんと理解している人なら、「どこに時間がかかっているか」「どこがルーチン化できるか」「どこが自動化できそうか」くらいは、自然に把握している。

そのうえで、「この作業、もっと早くできないかな?」とAIに試してみる。その行動こそが、実践的な「引き出し」を育てる最短ルートだ。

引き出しとは、教わるものではない。仕事と正面から向き合っているうちに、自然と身につくものなのだ。

AI塾に行くのは、自分はイケてないビジネスパーソンと公言するのと同じ。

誤解のないように言えば、AI塾が存在してはならないという話ではない。

実際、一定のニーズがあるのは理解できる。

自分の意志ではまったくモチベーションが湧かず、誰かに教えてもらわないと勉強できない──そういう人にとって、「AI塾」という環境が必要なこともある。

だが、それはあくまで自分で勉強できない中高生や、街中で見かける健康器具販売セミナーと同じで、「とにかく始めるきっかけ」を外部から与えてもらうためのものだ。

セミナーで洗脳されて、高額な健康器具を買わされるのは健全なビジネスとは思えないが、そういう搾取ビジネスも、法律の範囲内でやっているなら、最終的には自己責任だ。

そして、そのレベルの支援が必要だという自覚があるなら、行くのは自由だ。否定はしない。

だが──イケてるビジネスパーソンであれば、話はまったく別だ。

大学生以上の学生が、“主体的に学ぶ”ことを求められるように、社会に出たプロフェッショナルは、自分で考え、試し、改善することが当たり前の姿勢だ。

それなのに、「使い方がわからないので塾に通います」では、自ら「考える力がありません」と公言しているのと同じである。

AI塾に通うのは最終的には自由だ。ただし、その瞬間あなたは「自分はまだ“自走できない側の人間”です」と宣言していることになる。

イケてるビジネスパーソンなのか、イケてないビジネスパーソンなのか、決めるのはいつだって、自分自身なのだ。

 

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