こんにちは、にょろりんこの備忘録ビジネスブログです。
「追放系なろう小説」ってありますよね。よくあるパターンとしては――
有能な仲間が、周囲から正当に評価されず「お前は役立たずだ」と追い出される。
ところが、実はその人こそがパーティーや国を支えていて、失った瞬間に組織はガタガタと崩壊していく。
そして、追放された本人は新しい環境で自由に力を発揮し、大成功を収める……という流れです。
現実世界の低パフォーマーの願望として一笑、揶揄されることも多い定番ストーリーですが、追放系として1ジャンルを構築しているということは、少なくないはずの人がそう感じているという証拠でもあります。

今日は、そんな追放系なろう小説が「低パフォーマーの願望」にすぎないのか、それとも実際に現実で起こり得ることなのか。
組織戦略と個人のキャリアサバイブの視点から考えてみたいと思います。
「追放系される主人公」が生まれる背景。
ここで、もうちょっと追放される主人公が生まれる定番パターンについて深堀したいと思います。
フィクションですから誇張されていますが、追放される主人公が生まれるパターンは大体以下のパターンに集約されます。
1. 成果が「空気」になる
優秀な人が現場で火を消していると、表面上は「何も問題がない」ように見えます。
すると周囲は「トラブルが起きていない=特別な貢献はない」と錯覚し、陰の努力が評価されません。
2. 貢献が「当たり前」になる
最初は感謝されていた成果も、繰り返すうちに「やって当然」へと変わっていきます。
結果的に「もっとやれるはず」「なぜこれしかやらないのか」と、逆に不満に転じてしまうことすらあります。
3. リーダーが「任せてる」と思い込む
実際には丸投げして依存しているだけなのに、本人は「育てている」「任せている」と勘違いする。
部下の頑張りを自分の手柄と混同し、真価を理解できないまま評価を下げるケースも珍しくありません。
4. 「NO」と言えない主人公
責任感の強い人ほど、理不尽でも抱え込んでしまいます。その結果、「便利屋」扱いされて消耗し、最後には切り捨てられる。
追放系の主人公が現実にも生まれてしまうのは、この自己犠牲の構造も大きな原因です。
概ねではありますが、いわゆる追放系というのは、上記のエッセンスで構築されています。
で、これ自体はカタルシスストーリー、ようするにスカッとする話なのですが、現実世界では、要するに自分が追放する側の悪役リーダーにならないこと、そして、自分が追放される主人公と同じ立場に立った時どのようにすればいいか?を考えておく必要があるというわけです。
つまり「追放系」はファンタジーだけではなく、私たちの職場でも起こり得る“人間関係の縮図”なんです。
上司視点。追放する側にならないために
なろう小説の上司は悪役なので、過大に誇張されている面もありますが、結局のところ、「もし部下が辞めても組織が回る体制を作っておくこと」というリーダーにとって最も大切な、属人化を排除したチーム作りの怠慢が原因です。
「任せている」と言いながら、その人がいなくなった途端に現場が崩壊するのなら、それは任せているのではなく、ただ依存しているだけです。
そして大事なのは、部下がいなくなる理由は決して「追放」や「裏切り」だけではないということです。育児や介護、本人の病気、キャリアの方向転換――人生にはさまざまな事情があります。どんなに優秀な人材でも、永遠に会社に残る保証はありません。
だからこそ、属人化しない体制を整えることがリーダーの役割です。部下を信じて任せるのは大事ですが、それと同じくらい「辞められても大丈夫な組織を作る」ことが、リーダーに求められる責任なのです。
こう書くと「それって人材を使い捨てる企業と同じでは?」と思われるかもしれません。しかし決定的に違うのは、組織の成長戦略です。
人材使い捨て企業は、個人が持っている人脈や体力を一時的に奪い尽くし、リソースが尽きれば切り捨てる――それ自体を戦略にしています。
悪い保険会社が、新入社員に友人リストを作らせて営業させ、リストが尽きたらサヨウナラ、というやり方をするのと同じです。焼き畑のように一時的な成果は出ますが、未来を食いつぶすモデルです。
一方、健全な組織の成長戦略は真逆です。
個人が仕事を通じて成長することで組織も強くなる。属人化を排しつつ、一人ひとりの経験やスキルが積み重なって企業全体の価値を高めていく――それが正しいリーダーの目指すべき姿です。
仕事を通じた成長による企業の成長戦略と、焼き畑農業的な成長戦略は、非属人化という点では同じですが、その目的と結果がまったく異なります。
前者は、個人の能力や経験を積み上げていくことで組織の総体を強くし、長期的に持続可能な成果を生み出すものです。
一方、後者は「人を入れ替えれば同じ仕事は回る」という発想で、個人を消耗品として扱い、短期的な利益だけを刈り取るもの。
短期的にはともかく、年単位での成長度合いで考えれば前者の方が有益なのは言うまでもありません。
部下視点。追放される主人公の立場かどうか考える
では、自分が「追放される主人公」になりかけているかもしれないと感じたとき、どう考えればよいでしょうか。
大切なのは、組織や上司への苛立ちにエネルギーを使うのではなく、冷静に「この状況は自分の幸福と成長に資するのか?」を基準に判断することです。
極論を言えば、あなたが幸せならそれで構いません。
ただし多くの場合、「都合よく火消し役を押し付けられているだけ」というポジションは、長期的に見ればあなたを消耗させ、不幸につながります。
このブログのテーマでもあるのですが、私のスタンスは「幸福=自己決定権」であり、そのためには経済的な自由が欠かせません。
そして経済的な自由は、よほどの資産家でもない限り、自分自身の成長によってしか手に入れられないのです。
だからこそ、成長につながらない役割に甘んじてしまうのは危険です。「これは自分の成長に資するか?」を問い続けることこそ、サバイブの第一歩なのです。
今の仕事が自分の成長につながっていると感じられるなら、その環境を存分に活用すればよいでしょう。
ここでいう「成長」とは、単なる社内評価ではなく、外の世界でも通用する 市場価値 を高めているかどうかです。
もし市場価値が高まっているのであれば、いざとなれば転職などで環境を変えることもできます。
逆に、成長につながらず消耗だけが続くのであれば、それはサバイブではなく自己犠牲です。
「これは自分の成長に資するか?」という問いを持ち続けることが、自由と幸福を守る一番の武器になるのです。
まとめ。追放系の物語から学ぶこと
「追放系なろう小説」は誇張されたフィクションですが、その背景には現実の職場にも通じる構造があります。
上司や経営者にとっては、属人化を避け、部下が辞めても回る体制を作ることが責任であり、怠慢が「追放系」を生み出す温床になります。
一方で部下にとっては、苛立ちに囚われず、自分の幸福と成長につながるかどうかを基準に判断することがサバイブの鍵です。
結局のところ、会社や組織のために生きるのではなく、自分の幸福と成長を守るためにどう選ぶかが最も大切なのです。
なろう小説の主人公のように劇的に環境を変える必要はありませんが、「自分の市場価値を高め、選択肢を持ち続ける」ことさえ忘れなければ、現実の世界でも追放系にはならず、むしろ自分の人生の主人公として歩むことができます。
あなたの人生の主人公は貴方なのです。
それではまた。
こんなことを考えているコンサルが、自分の会社をつくるために日々ウェブサービスを開発しています。興味があればこちらもぜひのぞいてみてください。
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