こんにちは、にょろりんこのビジネスブログです。
最近ネットで「遅刻する人は優秀だ」という説がバズっています。
冷静に考えれば「バスケットボール選手に高身長が多いから、バスケをすると身長が伸びる」レベルの破綻した論理なのですが、こうした“因果と相関の錯覚”や“逆因果の見落とし”は、実はビジネスや日常のあちこちに潜んでいる罠です。

今日はこの機会に、相関と因果を取り違えた典型例や逆因果のパターンについて、少し整理してみたいと思います。
そもそもバスケで身長は伸びない
まず大前提なのですが、そもそも、バスケットボールをやったからといって身長が伸びるわけではありません。
「バスケ選手=高身長」が成り立つのは、単純に背が高い人が選抜されやすいスポーツだからです。
リーチが長いほうが有利なので、自然と高身長の人が集まりやすく、結果として「バスケ選手はみんな背が高い」という印象が固定化されるのです。
つまり、ここにあるのは「因果」ではなく「選抜バイアス」による相関であり、「バスケをすると身長が伸びる」という解釈は完全な取り違えです。
「遅刻をする人は優秀だ」論も同じですね。遅刻をするというのは他者の時間を奪う行為なので、避けるべき行為です。それが許されるのは、それを補って余りある優秀さがあるわけでなので、凡人が遅刻しまくっていたらあっという間に淘汰されます。
つまり、遅刻をする人が優秀なのではなく、優秀だから遅刻をしても許されているだけにすぎません。
逆因果の典型パターン
ここで押さえておきたいのは、こうした勘違いは「逆因果」の典型だということです。
「遅刻するから優秀になる」のではなく、「優秀だから遅刻しても評価が落ちない」というのが正しい関係です。
同じ構造は社会のあちこちにあります。
- 「アイスが売れると暑くなる」 → 実際には「暑いからアイスが売れる」。
- 「海水浴客が多いから夏になる」 → 実際には「夏だから海水浴客が多い」。
- 「傘をさすから雨が降った」→ 実際には「雨が降ったから傘をさす」。
一見もっともらしいように見えて、因果の向きを取り違えると現実を誤読してしまうのです。
もちろん、遅刻をするたびに評価はひっそりと落ちているので、凡人になったとたん、周囲から他者の時間を奪う人間としてそっぽを向かれます。「優秀な人間になるために遅刻をしよう」というのは支離滅裂レベルの勘違いですし、「自分は優秀だから遅刻をする権利がある」と考えるのはやばいです。
貴方の遅刻を許したほうが天秤にかけてカネが儲かるから遅刻をゆるしているだけで、何かきっかけがあれば社会から排除されます。だって、遅刻というのは他者の時間を奪う行為なわけですから、誰だって奪われるのは嫌いですね。
戦闘機の被弾の話
これ系の有名な話に戦闘機の被弾の話があります。
第二次世界大戦中、アメリカ軍は帰還した戦闘機を調べ、どこに弾痕が多いかを分析しました。主翼や胴体に弾が集中していることが分かり、「ではこの部分を重点的に補強しよう」と結論しかけたのです。
しかし統計学者のアブラハム・ウォールドは、真逆の提案をしました。
「帰還した戦闘機に弾痕があるのは、そこに当たっても帰ってこられた証拠だ。むしろ、弾痕が少ない部分(操縦席やエンジン)こそが致命傷になる。そこを補強すべきだ」と。
ここで陥りかけていたのは「生存者バイアス」です。
つまり、「帰ってきた機体」という生き残りだけを見て分析すると、現実の因果関係を誤読してしまう。実際には「帰ってこられなかった機体」のデータこそが重要だったのです。
因果関係や相関関係を見ていくときに重要なのは、ちゃんとバイアスがかかっていないデータを見ているか?ということです。
社会はどうしても成功者にばかりスポットライトがあたります。だから、「遅刻しても出世している人だけが目に入っているが、遅刻が原因で消えていった人は誰も語らない」という前提が隠されているわけです。
スティーブ=ジョブス、エジソン、手塚治虫、成功者の変人エピソードって沢山ありますよね、でも、それはそれを補って余りあるメリットがあったから許容されていただけであって、そのメリットが無い一般人が変人の部分だけを真似したらあっという間に社会から排除されます。
遅刻をするのは他者の時間を奪うという大前提
アイスが売れるから暑いわけではありませんし、バスケをすると背が伸びるわけでもありません。同じように、遅刻するから優秀になるわけではありません。
正しくは、「遅刻しても許されるぐらい成果を出している人がいる」というだけの話です。その人だって、程度を超えて他者の時間を奪い続ければ即座に社会の輪から排除されます。
つまり、「遅刻する人は優秀だ」というのは因果と相関の錯誤にすぎず、本質を見誤らないことが大切なのです。
もちろん、時間を守るというのは誰でもできる前提、つまり守備の仕事です。クリエイティブな分野では「どれだけのプロダクトを作れたか?」という攻めポイントで評価されることが少なくありません。
前述の、スティーブ=ジョブス、エジソン、手塚治虫、といった優秀な人達はクリエイティブな分野だからこそ、偉大なプロダクトを作ることができたからこそ、という前提は考えておく必要があります。
クリエイティブな分野で働いている人が、自分は時間を守っているから優秀だ、というのもまた錯覚・勘違いであるということは言うまでもありません。
時間を守るというのは「誰でもできるからこそ前提」であり、加点にはなりません。ただし、それができない人でも、帳消しにできるほどの圧倒的な成果を出す人がいる。それだけの話なのです。
それではまた。
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